まじめな読書会入門―その1:読書会の下準備

 英文テキストを目の前にして、いきなり「さあレジュメをつくるぞ!」と決意してみても、どうしていいかわからないという方も多いと思います。外国語を読むのはそれだけで難しいですし、しかも私たちが読むのは仮にも哲学書です。もちろん慣れてくればもっと簡単にまとめられることもあるとは思いますが、慣れないうちはレジュメをつくりはじめる前に何らかの下準備をしておくと便利でしょう。
 以下の作業は(本来は)発表を担当していない人もしておくほうが望ましいものです。もちろん、みなさんお忙しいことと思いますので、無理をすることはありませんが、できればしておくと読書会がより理解しやすくなるでしょう。

 さて、題材になっているテキストは以下のようなものです

①Little more than a year after his arrival as a student in Berlin, Marx wrote to his father that he was now attaching himself‘ever motr closely to the current philosophy'. This‘current philosophy' was the philosophy is of G.W.F.Hegel, who had taught at the University of Berlin from 1818 until his death in 1831. Years later, Friedrich Engels described Hegel's influence in the period when he and Marx began to form their ideas:

The Hegelian system covered an incomparably greater domain than any earlier system and developed in this domain a wealth of thought which is astounding even today...(引用)

One can imagine what a tremendous effect this Hegelian system must have produced in the phylosophy-tinged atmosphere of Germany. It was a triumphal procession which lasted for decades and which by no means came to a standstill on the death of Hegel. On the contrary, it was precisely from 1830 to 1840 that ‘Hegelianism’regned most exclusively, and to a greater or lesser extent infected even its opponents. (引用)

④The close attachment to this philosophy Marx formed in 1837 was to affect his thought for the rest of his life. Writing about Hegel in 1844, Marx referred to The Phenomenology of Mind as ‘the ture birthplace and secret of his philosophy’(EPM98). This long and obscure work is therefore the place to begin our understanding of Marx.


 先述した通り、テキストには段落番号を振っておくと便利です。

 では、それぞれ訳していきましょう。

 マルクスは、学生としてベルリンに移って一年と少し経ったころ、いま「最近の哲学によりもっと密接に」愛着を感じているということを父親に書き送っている。「最近の哲学」とは、1818年から彼が死ぬ1931年までベルリン大学で教鞭を執っていたG・W・F・ヘーゲルの哲学のことである。何年もあとになって、フレードリヒ・エンゲルスは、彼とマルクスが考えを組み立てはじめた時代におけるヘーゲルの影響を以下のように記している。

 読書会をするうえでは、必ずしも全訳を作る必要はありませんが、ここではわかりやすくするために訳してみました*1。英文を読むうえでのコツとしては、ちょっと過剰に辞書を引くようにするといいと思います。哲学では通常と少し違う意味で単語が使われることもありますし、そうでなくとも見知った単語に思いがけない意味があることは少なくありません。
 さて、英文が読めたら、その段落を一文で要約してみましょう。文章を書くとき、筆者はひとつの「言いたいこと」に対応させて一段落をつくります。よって、例外*2はありますが、まともなテキストは必ず段落ごとに一文で要約することができるはずです。段落ごとの「言いたいこと」が確認できれば、とりあえずその文章を理解できたことになるはずです。逆に言えば、この作業ができなければその文章を理解できていないということになるはずです。段落ごとの短い要約を作ることは、文章を理解できているかいなかの簡易的な目安になります*3

 この段落をTさんは以下のようにまとめてくれています。

 マルクスはベルリンで学生であったころ、その当時新しいとされたヘーゲルの哲学に触れた。

 これでOKですね。この段落で言いたいことは「マルクスは学生時代、ヘーゲル哲学に熱中した」ということです。次の段落に進みましょう。

 ヘーゲル哲学の体系はそれ以前のどんな体系よりもはるかに広範な領域をカバーしており、今日においても驚くべきだと感じられるようなたくさんの思想をその広範な領域で発展させている・・・・・・

 これをTさんは以下のようにまとめてくれています。

 ヘーゲルの哲学はその頃幅広い領域のシステムを凌駕していたのであった。

 ちょっとわかりにくいですね。「幅広い領域のシステム」とだけ書かれても何を言っているのかよくわからないと思います。それに、「幅広い領域」を持っているのはヘーゲル哲学であって、ヘーゲル哲学が(領域の広範さで)凌駕しているところのヘーゲル以前の体系(システム)ではないはずです。

ヘーゲルは広範な領域にわたる画期的な思想体系を作り上げた。

 まとめるならこんな感じでしょうか。

 ヘーゲル哲学の体系がドイツ哲学の風土の下で*4どれだけ巨大な影響をもたらしたかを想像できる人もいるだろう。それは数十年続いた勝利の過程であり、ヘーゲルの死によっても決して止まることはなかった。それどころか、「ヘーゲル主義」がもっとも独占的に〔哲学界を〕支配し、多かれ少なかれその反対者に対してすら影響を与えていたのは、ちょうど1830年から1840年のことだった。

 これはTさんのレジュメには書かれていませんね。前の段落と似たような内容なので割愛してもよいのかもしれませんが、段落は飛ばさないのが原則です。

ヘーゲル哲学はヘーゲルの生前はもちろん、死後もドイツ哲学を支配した。

 まとめるならこれくらいだと思います。では最終段落に行きましょう。

 マルクスが1837年に作り上げたヘーゲル哲学への密接な愛着は、生涯にわたって彼の思想に影響を及ぼしつづけた。1844年にヘーゲルについて書いたとき、マルクスは「ヘーゲル思想の真の生まれ故郷であり、謎」として『心の現象学精神現象学)』に言及している(EPM98)。したがって、この長大でわかりにくい著作が私たちのマルクス理解の出発点になるのである。

 「EPM」は『経済学哲学草稿』のことです。ここもTさんはまとめていませんが、ここは「なぜマルクスを理解するために『精神現象学』を学ぶ必要があるのか」というとても重要なことを説明しているところなので、飛ばしてはいけません。

マルクスヘーゲルの『心の現象学精神現象学)』をヘーゲル哲学の出発点であるとしているので、『心の現象学』が私たちのマルクス理解の出発点となる。

 今までの要約をまとめるとこうなります。

マルクスは学生時代、ヘーゲル哲学に熱中していた。
ヘーゲルは広範な領域にわたる画期的な思想体系を作り上げた。
ヘーゲル哲学はヘーゲルの生前はもちろん、死後もドイツ哲学を支配した。
マルクスヘーゲルの『心の現象学精神現象学)』をヘーゲル哲学の出発点であるとしているので、『心の現象学』が私たちのマルクス理解の出発点となる。

 これをこのままレジュメにしてもよいのですが、もう少し工夫をしたいので、次回は各段落の要約からレジュメを作る方法について書きたいと思います。

*1:これだけ訳すとどこかに間違いがあると思います。誤訳を見つけた読書会参加者にはドリンクバーをおごります。

*2:たとえば、過去におきた事実を説明している文章は一文に要約できないことが多いです。

*3:院生の先輩に聞いたのですが、フランス哲学のS先生は大学院の演習で「この段落って要するにどういうこと?」という質問をよくされるそうです。先生の真意はわかりませんが、ここで書いているのと同じような狙いがあるのではないかと推測しています。

*4:訳しづらいですね。直訳すると「ドイツの哲学的な雰囲気の中で」みたいな感じですが、まあわかりやすく訳すとこんな感じじゃないでしょうか。